三尾砂ことばの資料室
【三尾 砂 ことばの資料室】は2012年6月に開室しました。
青葉学園敷地の北東角に位置するたんぽぽ館一階が資料室です。
そこは三尾砂が創立した青葉学園の資料室も兼ねています。そもそも三尾砂は終戦後の日本の将来を担う子どもたちの教育の理想を心に秘めていましたので、子どもを育て、教育することと言語の研究は切り離せないものでした。そのようなわけで、ことばの資料室と青葉学園の子どもたちの教育資料はつながっています。
資料室として最も貴重なものは三尾砂の未発表の原稿やメモ類です。しかし、それも含め、まだ多くの点で未整理で資料室として不十分な状況ですが、今後充実を図っていきます。資料室未所有の三尾砂の著作資料や情報など、皆様からのご協力も今後お願いできればと思っています。
青葉学園敷地の北東角に位置するたんぽぽ館一階が資料室です。
そこは三尾砂が創立した青葉学園の資料室も兼ねています。そもそも三尾砂は終戦後の日本の将来を担う子どもたちの教育の理想を心に秘めていましたので、子どもを育て、教育することと言語の研究は切り離せないものでした。そのようなわけで、ことばの資料室と青葉学園の子どもたちの教育資料はつながっています。
資料室として最も貴重なものは三尾砂の未発表の原稿やメモ類です。しかし、それも含め、まだ多くの点で未整理で資料室として不十分な状況ですが、今後充実を図っていきます。資料室未所有の三尾砂の著作資料や情報など、皆様からのご協力も今後お願いできればと思っています。
小学生に文法を教えたメモ
1ページ目(左)
11月5日 1年生は文法 三時間目。 名語、
うごき語、てには、い-さま語(な-さま語)をこれまで習った。おのおの語によって、語ごとに分けて書くという意味がまだよくは分かっていない。語の意味をもっとはっきりと知らせる方法があるとよい。
名語(なご)の意味もまだよく分からない。末(すえ)が“い” でなく、それが てには でもないと、名語 ということになるらしい。“はな” は末が “な” だから な-さま語、“とけい”は末が “い” だから い-さま語 だと言う。
ものの名、ことの名というだけではやはりはっきりしない。“あそぶ”は遊ぶことの名ではないとは言えないからだ。“あかい”は赤いことの名でないとは言えない。おおざっぱに言えば、“語”とは名をあらわすとも言える。
それで、やはりそういう説明からさらに進んで、役目の説明まで行かねばならない。
てには の“が”“を”を付けることができること、“さま語” を付けることができること、などで導かねばならないだろう。
11月5日 1年生は文法 三時間目。 名語、
うごき語、てには、い-さま語(な-さま語)をこれまで習った。おのおの語によって、語ごとに分けて書くという意味がまだよくは分かっていない。語の意味をもっとはっきりと知らせる方法があるとよい。
名語(なご)の意味もまだよく分からない。末(すえ)が“い” でなく、それが てには でもないと、名語 ということになるらしい。“はな” は末が “な” だから な-さま語、“とけい”は末が “い” だから い-さま語 だと言う。
ものの名、ことの名というだけではやはりはっきりしない。“あそぶ”は遊ぶことの名ではないとは言えないからだ。“あかい”は赤いことの名でないとは言えない。おおざっぱに言えば、“語”とは名をあらわすとも言える。
それで、やはりそういう説明からさらに進んで、役目の説明まで行かねばならない。
てには の“が”“を”を付けることができること、“さま語” を付けることができること、などで導かねばならないだろう。
2ページ目(右)
さま語 “い-さま語”は一番さきに覚えた。
末が “い” だし、“あまい、あつい、おいしい” などのように、子どもの生活にとって関心の多い語なので、いっそう覚えやすい。
“とけい” を い-さま語 だなどと言うことも
あるが、 “名語”の意味が分かってくれば区別されるだろう。
もう一つ、“い-さま語”を形の上から“く”を付けることができることで区別される。うごき語 が“ます”を付けることのできるのと一対である。
な-さま語はまだ十分に教えていないが、“な” の形の場合はよいが、幹(みき)の場合や、そえ語の形の場合はまだ説明のしようがないかと思う。
べつ-さま語についてはまだ何も話していない。
さま語 “い-さま語”は一番さきに覚えた。
末が “い” だし、“あまい、あつい、おいしい” などのように、子どもの生活にとって関心の多い語なので、いっそう覚えやすい。
“とけい” を い-さま語 だなどと言うことも
あるが、 “名語”の意味が分かってくれば区別されるだろう。
もう一つ、“い-さま語”を形の上から“く”を付けることができることで区別される。うごき語 が“ます”を付けることのできるのと一対である。
な-さま語はまだ十分に教えていないが、“な” の形の場合はよいが、幹(みき)の場合や、そえ語の形の場合はまだ説明のしようがないかと思う。
べつ-さま語についてはまだ何も話していない。
三尾砂 年譜
1903 明治36.2.25
| 香川県大川郡志度町の米問屋、父:三尾義太郎、母:ツルの三男二女の末っ子として生まれる
|
1922 大正13.3
| 早稲田大学附属早稲田第一高等学院三年修了
|
1922 大正13.4
| 早稲田大学文学部哲学科西洋哲学専攻科に入学
|
1926 大正15.2
| 窪田空穂主宰『槻の木』創刊、2号から歌を掲載
|
1927 昭和2.5
| 同人雑誌『青磁』の発刊に参画、歌、短編小説を掲載
|
1928 昭和3.3
| 同大学卒業、肺結核のため療養
|
1929 昭和4.4
| 香川県津田高等女学校に奉職
|
1929 昭和4.12
| 中村寿美子と結婚
|
1930 昭和5.12
| 喀血、同校退職、以後10年間療養生活
|
1931 昭和6.5
| 東京に移住
園芸雑誌編集、牧野富太郎植物図鑑の校正、ラジオドラマの執筆等に当たる児童心理学研究の一助として遊生園(無料保育園)を開設、福島移転まで療養のため海岸山地など13回引っ越しをする |
1939 昭和14.4
| 早稲田大学大学院入学、1年間児童言語発達専攻、続いて2年間早稲田大学心理学教室研究員として研究に従事
|
1940 昭和15
| 早稲田大学創立60周年記念事業として早大付属児童研究所創立の企画を委任され企画に当たるが、戦争激化のため計画が中止され、実現せず
|
1941 昭和16.4
| 山の子どもの言葉研究のため東京府下檜原村人里(へんぼり)分教場代用教員となる(1942.9 まで)
|
1941 昭和16.9
| 国語文化学会『コトバ』同人となる
|
1941 昭和16.12
| 執筆中の『日本語大辞典』の継続を冨山房に依頼したが、戦争激化のため中止となり、とりあえず児童部主任として入社
|
1944 昭和19.11
| 冨山房退職、日本少国民文化協会児童研究所嘱託となる(終戦解散まで)
|
1945 昭和20.4
| ローマ字による教育と漢字カナによる教育との比較教育実践と、戦災孤児を養育するために安全地として福島県を選び、現福島市飯坂町横川に移転、分教場に助教として奉職
|
1946 昭和21.6
| 戦災孤児養育のため青葉学園を、ローマ字教育実験のため付属青葉学園小学校を福島県伊達郡茂庭村蛇体に創立
|
1948 昭和23.4
| 社団法人日本ローマ字会理事となる(3年間を除き昭和47年まで)
文部省教育研修所ローマ字教育実験調査委員会委員となる(2年間) |
1972 昭和47.3
| 青葉学園園長を退任し理事となる
|
1978 昭和53.5
| 短歌詠み再開、『槻の木』に復帰
|
1979 昭和54.7
| 歌集『青松』発刊
|
1989 平成1.8.10
| 没 享年86歳
|
三尾砂 著作目録
西暦
| 昭和年月
| タイトル
| 掲載誌・掲載本・発行
|
1939
| 14.1
| 「文における陳述作用とは何ぞや」
| 『国語と国文学』第16巻第1号、東大国語国文学会/至文堂
|
1940
| 15. 9
| 「文章分類についてのーつの立場」
| 『コトバ』第2巻9号/国語文化研究所
|
1940
| 15. 11
| 「小学校に於ける文法教授の根本問題」
「国語教育の思潮」
| 『帝国教育』745号/帝国教育出版部
『音楽教育研究』第2巻第11号/大日本図書
|
1940
| 15. 12
| 「小学児童の文範疇の意識とその発達」
| 『哲学年誌』第10巻、早大哲学会/理想出版部
|
1941
| 16.2
| 「基本文型への手がかり」
| 『コトバ』第3巻2号/国語文化研究所
|
1941
| 16.3
| 「基本文型の問題・再び」
| 『コトバ』第3巻3号/国語文化研究所
|
1941
| 16.5
| 「三宅さんの提案について」
| 『コトバ』第3巻5号/国語文化研究所
|
1942
| 17.1
| 『話言葉の文法(言葉遣篇)』
「文の分節と単語分類」
| 帝国教育出版部
『コトバ』第4巻1号/国語文化研究所
|
1942
| 17.7
| 「日本語文型に対する中国学生の習熟度」
「共栄圏に於ける新日本語の問題」
| 『コトバ』 第4巻7号/国語文化研
『帝国教育』第765号/帝国教育出版部
|
1942
| 17.9
| 「教師の言葉遣」
| 『帝国教育』第767号/帝国教育出版部
|
1942
| 17.12
| 「音楽教育に於ける知性的要素」
「“日本語基本文型”を読んで」
| 『音楽教育』12月号/大日本出版KK
『コトバ』第4巻12号/国語文化研究所
|
1943
| 18.1
| 「国語生活の理想」
「母の言葉づかい」
| 『コトバ』第5巻1号/国語文化研究所
『愛育』第9巻第1号/恩賜財団愛育会
|
1944
| 19.2
| 「日本語の海外進出と語法の改編」
| 『帝国教育』第784号/帝国教育出版部
|
1944
| 19.3
| 「母と子の言葉づかい(一)」
| 『愛育』第10巻3号/恩賜財団愛育会
|
1944
| 19.4
| 「日本語の論理性」(短文)
| 『コトバ』第6巻第4号/国語文化研究所
|
1944
| 19.5
| 「日本語に於ける判断の表現」
| 『コトバ』5月号/国語文化研究所
|
1946
| 21.12
| (われらの国字)「ローマ字学校」
Rômazi no zikken-Gakkô
| 『朝日評論』第1巻10号/朝日新聞社
|
1947
| 22.3
| 「ローマ字教授法」
| 『初等教育』 第2巻第9号/福島師範学校両部附属国民学校
|
1947
| 22.7
| 「ローマ字の読み方訓練」
| 『国語の教育』第1巻1号、言語文化研究所/日本教育図書KK
|
1947
| 22.8
| 「ローマ字教え方の理論と方法」
| 『ローマ字教育講座』 第一巻/星書房
|
1947
| 22.10
| 文部省『ローマ字教育指針とその解説』
『小学文法の教え方』
| 若竹書院
若竹書院
|
1947
| 22.11
| 「ローマ字文法(分ち書きの文法)」
| 『ローマ字教育講座』第3巻/星書房
|
1948
| 23.2
| 『国語法文章論』
| 三省堂
|
1948
| 23.10
| 『ローマ字小辞典』
| 光の書房
|
1950
| 25.5
| 文部省検定教科書『MINNA NO RÔMAZI』5-NEN
文部省検定教科書『MINNA NO RÔMAZI教授の手引』4-NEN 、5-NEN、6-NEN
| 国民図書刊行会
国民図書刊行会
|
1951
| 26.3
| 文部省検定教科書『MINNA NO RÔMAZI』 4-NEN 、6-NEN
| 国民図書刊行会
|
1951
| 26.4
| 『やさしいローマ字読本 MAYOTTA KOGUMA』及び『学習指導の手引』
| ローマ字社
|
1951
| 26.5~7
| 「ローマ字学習指導法(1〜3)」
| 『RÔMAZI SEKAI』第41巻第5〜7gô/日本ローマ字会
|
1951
| 26.8
| 「国語と短歌」
| 『指標』創刊号/指標社
|
1951
| 26.11
| 「児童福祉とは―うそとほんもの―」
| 『児童評論』11・ 12月合併号/福島県児童問題研究会
|
1952
| 27.1
| 「日本語の運命」
| 『教育手帖』(21)/日本書籍
|
1952
| 27.2
| 「日本語の改革」
| 『教育』第4号/国土社
|
1952
| 27.10
| 「ローマ字教育からみた日本語の構造」
| 『小四教育技術』第5巻第8号/小学館
|
1952
| 27.11
| 「小・中学校に於ける文法の体系的指導
とローマ字教育のあり方」 | 11月15日の宇和島市における講演資料/愛媛国語研究会・他
|
1952
| 27.12
| 「ローマ字学習指導の目標 [小学校の部について]」
文部省検定教科書『総合中学国語』藤村作監修(共編)
文部省検定教科書『総合中学国語教師用指導書』藤村作監修(共編)
「佐久問文法の特質―日本文法の整理」
| 日本ローマ字会
教育出版KK
教育出版KK
『解釈と鑑賞』199号/至文堂
|
1953
| 28.2
| 「小中高に於ける文法指導の根本問題講演筆記)」
「文法教育についての考え方」
| 『国語研究』1953年12号/愛媛国語研究会
『言語生活』2月号/筑摩書房
|
1953
| 28.12
| 文部省検定教科書『RÔMAZI KOKUGO 1,2,3』日本ローマ字会編
文部省検定教科書『RÔMAZI KOKUGO学習指導書1,2,3』
| 教育出版KK
教育出版KK
|
1954
| 29.5
| 「新しいローマ字教育の目標」(同タイトルで『今日の国語教育第8集 ローマ字学習の新方向 ―国語審議会の教育目的決定をめぐって―』日本ローマ字会編集委員会、教育出版)にも所収
| 『RÔMAZI SEKAI』第44巻第5gô/日本ローマ字会
|
1954
| 29.9
| 「語群法とは何か」
| 『RÔMAZI SEKAI』第44巻第8,9gô 通巻471号/日本ローマ字会
|
1955
| 30.2
| 「国語科学習における辞書指導」
| 『教育展望』第1巻第2号 2月号/教育出版KK
|
1955
| 30.5
| 文部省検定教科書『総合中学国語 改訂版』(共編)
文部省検定教科書『総合中学国語 改訂
版教師用指導書』(共編) | 教育出版KK
教育出版KK
|
1956
| 31.1
| 「文法教育の問題」
| 『講座日本語 第7巻 国語教育』/大月書店
|
1956
| 31.10
| 「日本語の文法 1(分ち書きの基礎論)」
| 『RÔMAZI SEKAI』497 gô/日本ローマ字会
|
1956
| 31.11
| 「日本語の文法 2(分ち書きの基礎論)」
| 『RÔMAZI SEKAI』498 gô/日本ローマ字会
|
1956
| 31.12
| 「日本語の文法 3(分ち書きの基礎論)」
| 『RÔMAZI SEKAI』499 gô/日本ローマ字会
|
1957
| 32.5
| 文部省検定教科書『総合中学国語三訂版』藤村作監修(共編)
文部省検定教科書『総合中学国語三訂
版教師用指導書』藤村作監修(共編) 文部省検定教科書『基本ROMAZI KOKUG01,2,3』
文部省検定教科書『基本ROMAZI KOKUGO教師用 指導書1,2,3』
| 教育出版KK
教育出版KK
教育出版KK
教育出版KK
|
1958
| 33.3
| 『話しことばの文法(改訂版)』
| 法政大学出版局
|
1958
| 33.6
| 「『話しことばの文法』を書き終えて」
| 『実践国語』第9巻212号/穂波出版社
|
1958
| 33.8
| 「国語の文法の特色」
| 『国語教育のための国語講座第5巻・文法の理論と教育』/朝倉書店
|
1958
| 33.10
| 「日本語の分離変化」
| 『IZUMI』 29 gô/いずみ会
|
1958
| 33.12
| 「日本語の分離変化(2)」
| 『IZUMI』 30 gô/いずみ会
|
1959
| 34.5
| 「日本語の分離変化(3)」
| 『IZUMI』 32 gô/いずみ会
|
1959
| 34.10
| 「名詞の一種の連体形?」
| 『IZUMI』 35 gô/いずみ会
|
1960
| 35.1
| 「これからの助詞・助動詞の指導法」
| 『教育科学国語教育』第2巻1号/明治図書出版
|
1960
| 35.11
| 「ローマ字指導に関する問題」
| 『実践講座国語教育第1巻・国語教育の理論と実践』/牧書店
|
1961
| 36.1
| 「基本文型(一)」
「文法とローマ字文法」
| 『実践国語教育』第22巻245号/穂波出版社
『RÔMAZI SEKAI』527 gô/日本ローマ字会
|
1961
| 36.2
| 「基本文型(二)」
| 『実践国語教育』第22巻246号/穂波出版社
|
1961
| 36.3
| 「基本文型(三)」
「“象ハ鼻ガ長イ”三上章氏の新著について」
| 『実践国語教育』第22巻247号/穂波出版社
『RÔMAZI SEKAI』528 gô/日本ローマ字会
|
1961
| 36.4
| 「ふたつのローマ字指導法―五十音式か語形法か―」
「基本文型(四)」
「ローマ字の指導」
「新しい文法」
| 『RÔMAZI SEKAI』529 gô/日本ローマ字会
『実践国語教育』第22巻249号/穂波出版社
『岩波講座現代教育学第6巻・言語と教育I』/岩波書店
『教育展望』第9巻別冊/教育出版KK
|
1961
| 36.5
| 「教科書以外のローマ字指導」
「基本文型(五)」
| 『RÔMAZI SEKAI』530 gô/日本ローマ字会
『実践国語教育』第22巻250号/穂波出版社
|
1961
| 36.6
| 「基本文型(六)」
| 『実践国語教育』第22巻251号/穂波出版社
|
1961
| 36.7
| 「ローマ字文法 I ―わかちがきのために」
「基本文型(七)」
| 『IZUMI』 48 gô/いずみ会
『実践国語教育』第22巻252号/穂波出版社
|
1961
| 36.10
| 「ローマ字文法II」
| 『IZUMI』 50 gô/いずみ会
|
1961
| 36.11
| 「基本文型(八)」
| 『実践国語教育』第22巻257号/穂波出版社
|
1961
| 36.12
| 「ローマ字文法III」
文部省検定教科書『標準中学国語 1,2,3』古田拡・三尾砂・亀井勝一郎編
文部省検定教科書『標準中学国語教師用指導書1,2,3』古田拡・三尾砂・亀井
勝一郎編 文部省検定教科書『標準国語4,5,6』
坪田譲治監修 古田拡・三尾砂編集顧問 文部省検定教科書『標準国語 教師用指導書4,5,6』 坪田譲治監修 古田拡・三尾砂編集顧問
| 『IZUMI』 51 gô/いずみ会
教育出版KK
教育出版KK
教育出版KK
教育出版KK
|
1962
| 37.3
| 「国字問題の次の段階」
| 『RÔMAZI SEKAI』 539gô/日本ローマ字会
|
1962
| 37.8
| 「ローマ字による単音指導」(短文)
| 『RÔMAZI SEKAI』 544gô/日本ローマ字会
|
1963
| 38.5
| 「前にくる助詞のことば」
| 『日本語』第3巻4号/国語を愛する会
|
1963
| 38.11
| 「文体と 『の』 の移りかわり」
| 『日本語』第3巻4号/国語を愛する会
|
1964 | 39.1
| 「句とう点について考え直せ」
| 『RÔMAZI SEKAI』561 gô/日本ローマ字会
|
1964
| 39.4
| 「わかち書きについて」表紙のタイトルは[ローマ字文の書き方]
書評「教科研東京国語部会言語教育研究サークル著『文法教育』」
| 『RÔMAZI SEKAI』563 gô 3・4合併号/日本ローマ字会
『言語生活』151号/筑摩書房
|
1965
| 40.4
| 「主語・総主・題目語・対象語」
| 『口語文法講座 2.各論研究編』/明治書院
|
1966
| 41.9
| 「わかちがきとその指導」
| 『教科通信』第3巻10号/教育出版KK
|
1968
| 43.2
| 「現代語の“ある”考」
| 『日本語』第8巻2号/国語を愛する会
|
1968
| 43.4
| 書評「砂川守一著『教師の見た日本語』」
「言語教育に立った国語教育」
| 『教科通信』/教育出版KK
『Kotoba to Kurasi』2 gô/日本ローマ字会
|
1972
| 47.12
| 「わたしの読んだ本『鈴木重幸・日本語文法・形態論』」
| 『言語生活』255号/筑摩書房
|
1979
| 54.7
| 歌集『青松』
| 青葉学園
|
※緑色の文字の著作は,『三尾砂著作集I、II』 ひつじ書房(2003)に再録されているものです。
三尾砂についての研究・論考
須賀一好
| 「三尾砂の文法」『月刊文法』 第10巻第1号/1981年1月
| 大修館書店
|
佐藤雄一
| 「三尾 砂―場との関連による文の類型―」
『国文学解釈と鑑賞』第57巻1号/1992年1月
| 至文堂
|
菅野宏
| 「三尾砂先生の文法研究」
『青葉学園五十年の歩みと三尾砂』/1996年5月、初出『青葉学園四十年誌』/1986年8月
| 青葉学園
|
渡辺義夫
| 「三尾先生の中学校文法指導書」
『青葉学園五十年の歩みと三尾砂』/1996年5月
| 青葉学園
|
松本泰丈
| 「〈現象文〉のこと」
『青葉学園五十年の歩みと三尾砂』/1996年5月 | 青葉学園
|
鈴木康之
| 「三尾砂先生のローマ字教科書」
『青葉学園五十年の歩みと三尾砂』/1996年5月 | 青葉学園
|
小嶋栄子
| 「三尾砂の文法―文の分類を中心に」
『国文学解釈と鑑賞』第73巻1号/2008年1月
| 至文堂
|
山室和也
| 「文法教育史における三尾砂の位置づけ―基本文型論と「場」の理論を中心に」
『全国国語教育学会発表要旨集117』全国大学国語教育学会/2009年
| CiNii論文公開
|
石川康恵
| 『三尾 砂(Mio-Isago)の足跡 ―ローマ字とのかかわり―』
修士論文 2011年1
| 奈良教育大学
|
山室和也
| 「三尾砂の文法論と文法教育論―その先進性とその後の文法研究・文法教育への影響―」
『戦後文法教育研究の成果と課題』博士論文 第4章/2012年3月
| 東京学芸大学大学院連合
|
姫野昌子
| 「国語学者三尾砂と日本語教育文法―『が』と『は』・動詞活用形・形容詞等を中心に―」
『日中言語研究と日本語教育 』第6号/2013年10月
| 好文出版
|
山室和也
| 「文法教育史における三尾砂の連文的視点導入の再評価 ――文法の機能的指導の具体化と体系化のために――」
『学芸国語教育研究』第33号/平成27年12月
| 東京学芸大学国語科教育学研究室
|
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